ショートストーリー:いつかどこかで

いつかどこかで見た景色。いつか誰かに語った話。いえ、どこにも…そして誰にも

泣きたいことがあるのが人生かもしれない。いつだって泣きたいことが

登場人物はいつだって
A男(例えば英雄)B子(例えば美子)。そして主人公はあなた。

あなたが思う通りに物語を読み進んでください。誰がどんな言葉を言ったのか、それはあなた次第なのです


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ストーリー16:夢の中では優しい人


今でも夢を見る

会わなくなってからもう何年もたっているのに


ある日の夢

電車に乗り遅れそうなのに

手際の悪い私

階段の登り降りで離される

夢の中の私の足取りは嫌になるほどだ

一気に駆け下りろ

思いきって飛び降りろ

どうせ夢の中だ、怪我の心配はない


それでも躊躇する

踏ん切りがつかない

君の姿が視界から消える

静かに電車がホームを滑って行く

間に合わない

置いていかれた

いつもそうだ

こんな簡単なことまで

みんなと同じようにできない

夢の中まで


嫌になる

うな垂れて

伏目がちにホームに下りたら

飽きれたような顔をした君がいた

腰に手をあてるいつものポーズで

私のことを待っていてくれた

夢の中の君は優しい


目が覚めて少し笑った

なんだ、そうか

あんな風な、優しい君が欲しかったんだ

そう思ったら悲しくなった

もう一度苦く笑った


ストーリー15:カレンダーをめくるように


起きたら秋になっていた

空の色、雲の形

新聞をとるための短い外出

空気の温度、肌触り

なにもかもが秋の気配だ

一夜にして季節は化粧直しする

私だけが変わらずここにいる

あの暑かった夏の公園のベンチにひとりで


季節はカレンダー

月のはじめにめくるカレンダーのように

夏は終わりを告げた

一から始めることが嬉しい人

全てをチャラに出来る人

そんな人は月の終わりにめくるのだろうか

それとも月のはじめにめくるのだろうか

彼女はいつカレンダーをめくっていたか

どうしても思い出せない私

めくられたカレンダーの行き先を気にしたこともなく

めくり忘れをいけないことだとも思わず

今日までいる

あいも変わらず公園のベンチに立ちすくむ


ストーリー14:あの時の空の色


振り向けば君、笑顔

続く坂道

青空に向かう気で登り続ける

初夏の日差し

白のワンピース

二人の影が交わっている

手をつなぎたい

少年の日の思い出


少し早足になる

照れ笑いを浮かべる

坂道が終わり終着点

二人の時間が止まった

君の手、握る

キモチいいね、と呟く

キレイだねって言いたかったのに

二人の時間が始まる

こっそり君を見つめる

幼い、眩しい横顔

あの日の思い出


花の香りも風の色も空の青さも

何も変わらない

君はよく笑った

大きな口をあけて楽しそうに笑った

つられて僕が笑った

花の香りも風の色も空の青さも

あの日と同じ

痛いような日差し

さすような眼差し

壊したくない

少年の日の思い出


あの時の空の色

あの時の二人の時間

ああ、なんて遠い思いでなんだ

あの時と同じ青い夏空の下

思いでだけがくっきりと浮かび上がる

あの日の足跡を探しても

坂道は知らん顔

同じなのはあの空の色だけ


ストーリー13:口紅の色


いつもはほんとど化粧をしない君が

今日は珍しくお化粧をしてあらわれた

香水とかを僕が嫌いなことを知っていることと

そもそも化粧そのものが君の肌に合わないから

それでも何か特別な日、例えば誕生日とかには

うっすらといった感じで化粧をしてきた


そうか今日は特別な日なんだ

その時初めて僕は今日の特別さに気がついた

そんな僕の戸惑いを見過ごすこともなく

ちょっとリキ入れすぎた?と君が聞く

えっ、、、いやっ似合ってるよと僕

照れたような空気が二人を包む

初めてのデートの日のような空気


店予約してあるから

そう言って僕は少し早足で歩き出した

いつもは履かないヒールの音をたて君がついてくる

待ち合わせ場所からすぐ

角を二つか三つ曲がれば予約した店

お酒の飲める和食の店だ

あまりお酒が強くない君もきっと満足してくれるはず


食べることも喋ることも好きな君が

淡い色した口紅をつけてきた

僕は僕で慣れないことをして恥をかかないように

すでに料理は頼んであった

しかも手仕事を見るのが好きな君のために

カウンターの席を用意した

ここまでが今の僕の出きること


後はただひたすら君の話の聞き役に徹する

美味しそうに食べる幸せそうな顔

ちょっと唇がまぶしい

淡い色した君の唇に見とれていたら

やっぱり似合わない?と君が聞いた

えっ、、、いやっ似合ってるよと僕

一年前の今日初めて贈った僕のプレゼントだもの

似合わないはずがない

もちろん言葉に出しては言わないけれど

ねえ、何がそんなに可笑しいの?と君が聞く

いや、別にと僕。少しニヤニヤしながら


ストーリー12:夢を見る人


良く夢を見る

そう君は言った

夢って夜見る、夢?

ちょっと首を傾げながら「そうよ」、君は言った

小さい頃はあまり見なかったのが最近は良く見るようになった

そう君は言った

僕はあまり見ない、私は言った

バタンキューで朝までぐっすりさ

君を笑わそうとしたのに、君はあまり笑わない

どんな夢?

「色々」、君は言った

何かに追いかけられたり

昔のお友達と遊んだり

死んだおじいちゃんも時々出てくる

そんなことを君は言った

おじいちゃんか、、、

宇宙旅行もしたりするよ

ええっ、宇宙旅行

ちょっと空気が華やいだ

SLに乗ったりとか、空を飛んだりとか

まさか鳥になったりしないよね

もちろんなるわよ、花や風にだってなるんだから

風になんかなれるの

ええ、こうなんかものすごく広くて大きな体になるの、透明の

でも軽いの、だって風だから

ひとしきり嬉しそうに夢の話を君は続けて

コーヒーをお代わりした

僕はいいや、と私

叶わないから夢なんだよね

えっ?

ちょっと首を傾げて白い歯を見せて君が笑った

今日一番の笑顔だった


ストーリー11:短歌な人々


「見るがまま / ただあるがまま / 五七五 / 受けるがままに / ただ七七と」

どうですかね、こんなんで?

いやあいいんじゃないですか。あるがままに五七五ですか。ちょっといいですよ

そうですか、いいですか

ええ、ただ七七なんてかなりなものだと思いますよ

そうですか、かなりですか。お恥ずかしいんですがこんなのも作ったんですが

「はひふえほ / いや間違った / はひふへぽ / そうじゃないだろ / ぱぴぷぺぽ」

いやあ、なんていうか、、これはちょっと

ちょっとまずいですか?

いやっ、まずくはないんですが、、ちょっと飛んでいるというか

飛びすぎましたか?

いやっ、シュールというべきか、、どうも私には、、手に負えないような気が

そうですか、やはり負えませんでしたか

はあ


今度は私のやつを聞いてもらいたいんですが

ほう、出来ましたか

いや、実はそれが途中までしか出来ていないんですが

「どうやって / ああ、そうやって / こうやって / …」

この後が出てこないんですよ

そうですか、出てきませんか?

ええ、出てこないんですよ。もう少しで出てきそうなんですが

もう少しですか?

最後の結びでぐっとしめるような言葉を捜しているんですが

しめますか?

しめます、もうそりゃしめすぎじゃないかっていうくらいしめるつもりなんですが

そりゃ、楽しみですな。 「でも、どうやったって / どうにもならない」なんてのはどうでしょうかね

うーん、なかなかだと思うのですがしめるには少し弱いような気がしますね

しめかたが弱いですか。それじゃ「そうよそこそこ / もっとそこそこ」なんてのはどうですか

いや、これはちょっと意味が違うほうにいってしまいませんか

意味が、違いますか?

ええ、ちょっと違います


真夏の公園の日陰のベンチ

短歌仲間のお年よりの会話は

ちょっと妖しげで儚げで寂しげである

今日はなんとも短歌な日よりである


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