トリプルマーカースクリーニングの意義

Date: Sun, 2 May 1999 13:36:14 +0900

医者の間でも障害についての考え方の違いがあるのは、むしろ当然と思
います。一部の法律家などからは「医師は出生前診断についての情報
を妊婦に知らせる義務がある。情報を提供された上で、受けるか受
けないかを選ぶのは妊婦自身である。」との意見を聞くことがありま
すが、現実の医療現場は、そのような立て前では割り切れな
いことをみなさまも感じていらっしゃることでしょう。
この検査に限らず、患者さんに「あなたはどうしたいですか?」と聞く
と、「先生はどう思いますか?」「みなさんはどうしていらっしゃい
ますか?」と返ってきます。

つまり自分で決めることのできない、決めた責任をとりたくないという
人が圧倒的に多いのですね。また私が単なる情報としてトリプルマー
カーのことをお話ししたとしても、たいていの患者さんは「受けね
ばいけない、勧められたもの」と受け止めるでしょう
。 そして通常の外来診療のなかでは、選択を迫られて困惑する患者さん
に、自分で意思決定できるまで何度も繰り返して説明するだけの時間
はありません。ですから私は、患者さんに勧めたくないことについ
ては、積極的には話したくないのです。

その意味で「厚生科学審議会先端医療技術評価部会・出生前診断に関す
る専門委員会」の、「母体血清マーカー検査に関する見解報告(4月28日)」
が、「医師が妊婦に対して、本検査の情報を積極的に知
らせる必要はない。」と述べていることは評価できると思います。

たしかに実際今でも「障害児を産むかどうかで女性の運命は大きく変わ
る。それなのに”障害児にもうまれる権利がある。”という医師の思
想を妊婦に押し付けるのは医師のエゴではないか」と考えるとやは
り割り切れない物を感じます。

多くの場合、実際に障害児の育っている状態や生活を見たこともない人
たちからですから、障害児を産むことについて悲観的な情報しか得
られていないことが多いのです。それに、障害児は「産んではいけな
いものだ」と勘違いしている妊婦さんも多いです。こういう偏った情報
は、是正しなければいけないと思うのです。

私は、障害者や障害児を育てている親の方たちと個人的なおつきあい
をしていますので、実際に障害児を産んで「よかった」といっている
親たちの声を妊婦さんにお伝えするようにしています。(ただこう
いう情報も、医者が伝えると押しつけになりかねない危険性は十分承
知していますが。)そうするとなかには、「障害児でも産んでいい
なら検査を受けない。」「障害児でも育てられるなら、せっかく授
かった命だから、検査を受けずに産む。」と判断される妊婦さんもいます。

私自身は、子どもが障害児であってもなくても、どっちみち子どもは親
の期待通りになるとは限らないし、障害を持たない子どもだって、適
当な保育園が見つからないとか、学校で問題や不適応を起こしたとか、
そんなことでも女性の運命を大きく変えてしまうのだから、出生前に
診断可能なほんの一部の障害だけを発見することに躍起になること
には、あんまり意味がないのではないかと感じています。それでも出
生前診断を受けたいと希望なさる方には、トリプルマーカーだけで
なく羊水診断のことも含めカウンセリング体制のある病院を紹介して
います。

「障害児とわかれば、障害児を育てる準備ができるので、出生前診断は
障害児の排除には必ずしも結びつかない」との意見もありますが、障
害児を産んだ女性が家族や親戚中から責められるという状況がまだ
まだ残っている日本では、「障害児とわかればその準備ができるか
ら、出生前診断を受けたい」と希望する妊婦さんは、いるとしてもき
わめて例外的なものなのではないでしょうか。

現状では、トリプルマーカーを含めた妊娠初期・中期の出生前診断は、
障害者の排除につながる可能性の方が高いと思っています。

(同愛記念病院産婦人科 丸本百合子 fyuriko@pop02.odn.ne.jpより)