コンピュータ・テレフォニィ


官公労働 1999年1月号

NTT理事(NTTソフトウェア) 菱沼千明


  ここ年、「コンピュータ・テレフォニ  ー」とか「CTI(Computer Telephony Integration)」という言葉が市民権を得て、商業紙などにも頻繁に登場するようになった。「通信」と  「コンピュータ」の融合と言ってしまえば、そんなもの20年以上も前から俺たちがやっていたことだ、と諸先輩にはお叱りを受けそうだが、ここのところこれが本物になりつつある。

  いや、Integration の“I” がついている間はまだ融合されていない証だ、と言う方もいる。そして、「コンピュータ・テレフォニー」ならば真の融合形態だと言うのである。こういう議論があること自体、永いこと「コンピュータ」と「通信」の垣根が高かったことを物語っている。

  電電公社の民営化を直前にした昭和60年2月に私はそれまでいた武蔵野の研究所から横須賀研究所に異動した。それまで水と油の関係にあったDEXとDIPSを統合して『INSコンピュー  タ』を作れという命題で、横須賀通研に交換屋とデータ屋の混成部隊から成る『INSコンピュータ研究企画グループ』が組織化され、そのひとりとして派遣されたのである。

  6人のユニークな人間達がまず始めたことは、命に反して「INSコンピュータなんて作るのは辞めようね」である。つまり、INSコンピュータという統一したハードを作ることはしないことを明言した。もちろん、それに代わって成すべきことがあると判断したからである。必要なのはまず「通信」と「情報処理」の融合、この二つの文化の間に“かけ橋 を作ることであった。我々はこれを「アーキテクチャの統合」と「インタフェース仕様の規定」ととらえ、その具体化を進めた。

  通研内の関連各部代表者を中心に議論を進めたが、それぞれ異なった分野で発達してきた技術だけに、言葉の違い、信頼性・方式寿命などに対する考え方の違い、そして何よりも既存システムに対する継続性をどうするかと言った課題が浮き彫りになり、事務方としての我々の調整は容易ではなかった。

  この種の悩みはNTT内に留まらず、世界の各通信業者が持っていたようである。世界的レベルでこれが解決できれば、通信設備の調達コストを大幅に削減でき、サービス導入を迅速にできるだろうというNTT、アメリカのベルコア、イギリスのBTの提案に、通信会社のみならずベンダ各社も乗って来た。TINA(Telecommunication Information Networking Architecture) と呼  ばれる国際コンソーシアムの誕生である。1993年のことだった。私はこの技術委員に命じられた。

  ここでの目的は、通信と情報の各々の分野でこれまで別々に培ってきたシステムのアーキテクチャを統一するにはどうしたら良いか、コンピュータと通信の間の垣根を超えるだけでなく、国と国との垣根をも超えて相互理解を得ることが第一であった。そして、統一アーキテクチャを提示し、それに従った実験をしようというものであった。

  TINAのメンバは、各国の通信技術者とコンピュータ技術者。ここでの議論は、ちょうど通研内でINSコンピュータの議論をしている雰囲気とよく似ていた。いや、それよりももっと顕著に特徴が出ていたと言ってよい。通信屋は協調性と堅牢さを重視するのに対して、コンピュータ屋は時代を先取りした新しさに価値観を持つといった違いである。欧米の技術者間においても、二つの文化間に“かけ橋" を渡すことは容易ではなく、元気でかつ自己主張の強いコンピュータ屋が目立った会合の連続であった。そんな中で、制御のリアルタイム性の重要性を説く私はしっかり前者に属していたようである。

  コンピュータテレフォニーとのつながりは、現在の仕事とも大いに関係している。ここで扱っているのは「CTI」。PBXとサーバーを結合することによって、コールセンターなどでの応対効率、サービス性を画期的に向上させる技術である。

  最近になってCTIが注目されるようになったのは、サーバなどの処理が高速になったおかげでPBXを制御するだけのリアルタイム性が確保できること、CTIインタフェースの標準が定まったこと、対応するソフト・ハード製品が登場してきたからであろう。しかし、そのことよりも、意識改革が進んだことが大きいのではないかと思う。

  従来、交換屋というのは石橋をたたいても渡らないと悪口を言われるほど慎重であり、仕様作成段階から全てを検証するという徹底ぶりは有名。これに対して、コンピュータ屋は、モジュール化を図り、自分の定められている範囲は徹底検証するが、動くかどうかは他のプログラムと連結動作させて確認するまで分からないといった風である。まあ、自分の責任範囲以外は知らんという感じである。

  コンピュータ・テレフォニーの進展は、交換屋でも日常ワークステーションを利用することが当たり前になり、知らず知らずのうちにコンピュータ屋流の作法が身についたからではないだろうか。両者をマイグレーションするのに、強引に水と油を混ぜることをしなくても、自然とそうなったのであろう。10数年前に苦労した水と油の融合は、自然な方向で決着を迎えようとしているように思える。