マルチメディア講演記
NTTジャーナル 1996年8月

NTT東京東支店長、NTTテレマーケティング取締役 菱沼 千明

 
◇その後
 
 前回この稿で話した執筆活動は、その後9回のマルチメディアシリーズを以て昨年3月に終了した。トータルで6年間、72回の雑誌原稿執筆活動にピリオドを打ったことになる。止めた理由は特にない。敢えてあげるならば、マルチメディアを文章、絵だけで説明するのに限界を感じたからである。
 
 今回は講演活動の話しをしよう。
 
 始めたのは、江東支店長時期の平成5年秋のことだからもう2年半前のことになる。以来、この3月までに27回の講演をした。丁度月に一回のペースということになる。余談だが、ゴルフも年に1012回のペースで参加しているが、こちらの方はまったく上達していない。一方、マルチメディア講演の方は回を重ねる毎に充実して来た。
 
 講演の表題は『夢ひらくマルチメディア通信の世界』。対象者は、電信電話ユーザ協会会員、商工会議所会員、お客様懇話会会員、レディスモニタOG会会員、管内のお客様そして社員などである。いわゆるNTT親派、お客様が相手であるから、ズブの素人という程ではないが、専門家ではない。それだけに如何に易しく説明するかが難題である。
 
◇CD−ROM
 
 この講演でまず始めにデモするのがCD−ROMである。

 「このコンパクト・ディスク(CD−ROM)を見てください。この中に広辞苑30冊分もの情報が詰まっています。それだけではありません。百科辞典の中から鳥の鳴き声が聞こえてきますよ。ほら、ケネディ大統領の演説の様子も動く映像で見ることができます。」「今日の献立を選んでみましょう。作り方や分からないことをマウスのクリック動作だけで簡単に知ることができますね。ほら、包丁の使い方も動く映像で教えてくれるでしょう。」「わずか12セッチのコンパクト・ディスクの中に、動く映像音声そして文字情報などが記憶され、しかもそれをいつでも好みに応じて聴いたり、見たりすることが既に実現されています。このCD−ROMの製造原価は百円を切っています。印刷物は将来このCD−ROMに取って変わるでしょう。」と説明すると当初は皆驚嘆した。

 私が担当する東京東支店の管内(墨田区、江東区、葛飾区、江戸川区)には何故か印刷業者さんが多い。そして、人一倍マルチメディアには強い関心を抱いている。中には、既に会社経営の方向をマルチメディアに照準をあて、業績を得ようとしているところもあるが、「マルチメディアが普及すると衰退する職業は何ですか」という質問が出るなど、現在の仕事がどう浸食されるのだろうかと心配して聞きに来ている人もいる。基本的には印刷技術で出来ているCD−ROMといえども現在の印刷業とはかなりの距離を感じているようだ。

インターネット

 デモンストレーションして驚かれるのが、『インターネット』である。「これからホワイトハウスにつないでクリントン大統領の昨日の講演原稿を見てみましょう」「クリントン大統領があなたに直接話しかけます」「気象衛星が映し出している今日の地球の様子を動画で見てみましょう」などと言ってデモをすると、皆感心する。中には本当につながっているのだろうかと疑う人さえいる。

 現在では喫茶店の一角にさえも置かれるようになったインターネット(正確にはHTTPによるアクセス)のデモであるが、2年前に始めた当初は、支店などでこれができるところはまずなかったと思う。支店の私の机の前がまずその実験場となった。もちろん、現在のようにパソコンがインターネットへのアクセス機能を標準装備しているという状況ではなく、またインターネットプロバイダも初期の三社のみでその料金も高かった。デモだけのために月何万もする契約をするわけにはいかない。そこで頼ったのが古巣である武蔵野の研究所。元部下で今や日本のインターネット先達として有名になったH君と研究所から東京支社に戻ってきたK君の協力によって支店からのインターネット接続実験が始まった。UNIXワークステーションを持込み、これと研究所のサーバーをISDN回線でルータ接続した。研究所ではこの半年前にNTTのホームページを発信して丁度マスコミでも話題になった時期である。

 この時期のデモは、もっぱらモザイクを使ってホワイトハウスやNASA、UCLAなどへ接続し、大統領のスケジュールや気象衛星の画像表示を見ること、そしてNTTホームページの面白情報を紹介することである。

 しかし、如何にISDN回線で手軽に接続できるようでもUNIXのワークステーションを用いるというのでは一般の人には身近かには感じられない。そこでなんとかパソコンでインターネットのデモができないかと思案していたところ、INTEROPでパソコンで動く格安TCP/IPソフトを発見。早速、東京技術開発センタから江東支店に移ってきたYさんに「ちょっとこれをPC98上で動かして」と頼んだ。しかし、日本での稼働実績はそれ程ないらしく、購入元に聞いてもなかなか動かず。マニュアルはないし、現在のようにダイヤルアップでの研究所への接続は経験なし、ということでまたひと苦労。それでもYさんの奮闘の結果、TCP/IPソフト上にモザイクを動くようにできた。しかし、スピードは今ひとつ。聴衆をいらいらさせた。講演のデモはUNIXワークステーションとPC98の二本立てがしばらく続いた。

◇支店ホームページ開設

 インターネットのデモがスムースになったのはパソコンをTCP/IPソフトが標準装備となったマッキントッシュに換え、かつ東京技術開発センタのサーバをインターネットプロバイダと接続、支店からそこにダイヤルアップ接続するという形にしてからである。この時期には、日本でもいろんな組織がホームページを出し、バラエティに富んだデモができるようになっていた。

 こうなって来るとだんだん欲が出てきた。情報を受信しているだけではおもしろくない。支店独自のホームページを開設し、発信してやろうという気になり、さっそく着手。これが意外と簡単に出来た。Yさんとの共同作業で手作りの東京東支店ホームページ(・http://www.sphere.ad.jp/ntt-east・)を平成7年8月にオープンした。NTTホームページからリンクを張らしてもらったこともあって、月2〜3万件のアクセスを受ける程の好評である。支店管内の墨田区、江東区、葛飾区、江戸川区を紹介したページが最も多くアスセスされている。

 支店のホームページ開設の反響は大きかった。マルチメディア講演会でデモすると、それまでよそ事のように聞いていた人達も、そんなに簡単にできるのかとより身近に感じ、それとともに支店に対する信頼感が大きくなったとみえ、その後の回線受注にも大きく貢献した。

 そして、社員への影響である。「何やらうちの支店はすごいことをやっているらしい。」という反響である。全ての職場のパソコン端末からインターネットアクセスできる環境にしたこともあって、世の中で騒いでいるマルチメディア、インターネットが一体何なのかは殆どの社員が漠然としているにせよ体験できるようになった。マルチメディアは自分たちには遠い存在と思っていた社員がそれを身近に感じ、更にはじり貧の電話ビジネスから脱する方向をこれに見い出してくれたとすればこれに勝る喜びはない。